中国・万里の長城

2013年4月24日

世界遺産+

中国・万里の長城
The Great Wall

Liaoning, Jilin, Hebei, Beijing, Tianjin, Shanxi, Inner Mongolia, Shaanxi, Ningxia, Gansu, Xinjiang, Shandong, Henan, Hubei, Hunan, Sichuan, Qinghai provinces, municipalities and autonomous Regions
      

帝というシステムは土木の理がつくる

      

約6000キロの北方遊牧騎馬民族の侵入に備えるための城壁。現在の城壁の大部分は、16世紀の明朝期に造られる。北京を守る1500kmの城壁をレンガで補強、兵士常駐の見張り所を新たに建設し、外長城、内長城の二重の城壁を整備。長城のはじまりは、秦の始皇帝(BC259-BC210)。もともと中国国内にそれぞれの国境城壁があった。国内統一後の始皇帝が、不要となった国内城壁を壊し北方の守りの城壁に転用した。
©2013 UNESCO
  • 大阪・大阪城

    阪の上町台地北端、すぐ北の台地下に淀川の本流が流れ、都の京都につながる交通の要所、石山本願寺の跡に豊臣秀吉によって築かれた大坂城。大坂夏の陣で豊臣氏滅亡後、徳川幕府が数mの盛り土をして縄張を改め、新しく築造したのが現在の大阪城の原型。結果城郭の区画は減り、城下町の区画が増え、河川・堀や架橋の整備が進み、大坂は商都に発展。            

  • 熊本・熊本城

    本市北区の茶臼山丘陵一帯に、関ヶ原の戦いのあと加藤清正がいくつかの旧城を取り込み築かれた平山城。石垣の上に御殿、大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられ、一大名の城としては日本一とされ、豊臣秀吉の大坂城を継承した城。そして石垣普請の名手とされる清正が築いた石垣は、攻めてきた武者が登りきれない武者返しの傾斜をもつ。             

  • 愛知・名古屋城

    ケ原の戦いで勝利した徳川家康は、豊臣家に対する最大の軍事拠点として、名古屋城を築いた。天守台の普請は加藤清正が、天守の建築は小堀遠州が担当した。1612年(慶長17)に天守が完成し、家康の九男・義直を城主とした。1615年(慶長20)の大阪夏の陣では、家康はここから出陣した。義直を初代とする尾張徳川家は江戸時代を通じて、名古屋城を拠点に尾張を支配した。

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