インド・大チョーラ朝寺院群

2013年4月19日

世界遺産+

インド・大チョーラ朝寺院群
Great Living Chola Temples

      

洋交易国で磨かれた浮彫

      

インド南部は、古代インダス文明の末裔ともいわれるドラヴィダ系の人々の地域。大チョーラ朝は、南インド東海岸を支配したパッラヴァ王朝が滅ぶ9世紀からインド南部を支配し、ガンジス河畔やマラッカ海峡に遠征軍を出し、中国・北宋に通商使節を遣わす。インド洋から中国までの制海権を押さえ、古代ローマ帝国にかわる中国との貿易で富を築き、ピラミッドの形をし、優れた浮彫装飾を持つインド南方型ヒンドゥー教寺院を建立する。
©2013 UNESCO
  • 大分県立歴史博物館

    分・宇佐の高森字京塚にある宇佐風土記の丘、九州有数の大規模な古墳群、川部・高森古墳群内にあり、宇佐神宮や国東半島の六郷満山の八幡・仏教文化を展示紹介する博物館。国宝富貴寺や熊野磨崖仏、臼杵磨崖仏の実物大複製模型などが展示される。磨崖仏は岩壁を浮き彫る。山自身を神や仏と見れば、磨崖仏は山を表すレリーフ。また国東の岩壁質は造形に適した。     

  • 大分・国東半島(真木大堂)

    分・豊後高田の田染真木にある寺院で、8世紀に国東半島の六郷満山寺院のうち、最大の寺院であった伝乗寺の寺坊、お堂のひとつである。伝乗寺は鎌倉期以降に焼失し、所属する寺坊もそれぞれに衰退。現在、真木大堂に収められている国指定重要文化財の仏像は、当時の人々の厚い信仰と守護のもと、各寺坊から集まったもの。その様相や姿は、遠くインドの神話に由来する。

  • 大分・宇佐神宮

    分の国東半島の付け根に位置する標高647m御許山山麓にあり、小高い丘陵の小椋山山頂の上宮と山麓の下宮、その周りに広がる社殿で神宮を構成。8世紀の東大寺大仏造営に貢献し、日本で最初に神仏習合し、神宮寺の弥勒寺を持つ。弥勒寺は国東半島の六郷満山を荘園地として、9世紀以降多くの天台宗寺院を造立する。信仰が体系化され美術が生まれる。         

インド・大チョーラ朝寺院群

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