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編 集:滋賀県立琵琶湖博物館
出版社:文一総合出版
書は、400万年の歴史をもつ日本一の湖、琵琶湖について滋賀県立琵琶湖博物館の学芸員がエッセイ風に95のストーリーをまとめた一冊である。琵琶湖に住む魚が、水路を通り琵琶湖周辺の田んぼに、5〜6月にやってくる。何故?それは産卵するためです。何故、田んぼを産卵場所に利用するの?これは河川の氾濫でできる場所のような、一時的水域と言われる場所を産卵場所とするフナやナマズの習性に関係します。氾濫までは水がなく、卵を食べてしまうエビのような敵がいない。水が満ちれば、ふ化した小魚がえさとするプランクトンが発生する。これは雨期と乾季が存在するアジア・モンスーン気候の中で、フナやナマズが身につけた習性なのです。黒潮で北上し、生きるため琵琶湖周辺の田んぼを河川の氾濫場所のように見立て活用する彼らの適応性は素晴らしい!ところが、である。近代化が進む中、水路に堰ができ落差が生まれ、水路のコンクリート化が進んだ結果、産卵のための田んぼへの往来ができなくなってきた。琵琶湖は大きな生命の循環体。全ての生命の存在に意味がある。琵琶湖の生態系の研究調査が進む中で、水路と水田の格差是正も取り組まれた。実はわたしたちは、気づかぬものに支えられて生かされているのですよね。
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八幡堀(運河)住所:滋賀県近江八幡市宮内町周辺
問合せ先Tel:0748-32-7003(近江八幡観光物産協会)近江八幡市の全長約5kmの運河、八幡堀は、琵琶湖につながる水路である。天正13(1585)年、豊臣秀次が琵琶湖近くの八幡山に城下町を整備したことに始まる。この水路は、昭和初期まで経済・流通路として活躍し、近江商人を生み出し、全国にその名が広まるように育てたのである。いわば近江商人も琵琶湖で育つアユ(鮎)と同じである。そして戦後陸上交通の発達で、水路が廃れたが、住民運動により残され文化遺産となる。
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葛籠
尾崎湖底遺跡資料館住所:滋賀県長浜市湖北町尾上162
Tel:0749-79-0407琵琶湖の湖底には、別の時間、2000年以上前の遺跡が眠っていた。葛籠尾崎は琵琶湖北湖に突き出す半島で、地形は険しく、急な斜面で、深い湖底まで達する。周辺に土砂の堆積を招く河川はなく、太古の地形は変わらず、その湖底に遺跡が保全されていた。そこで発見された縄文、弥生の土器は、沈没船の搭載品のごとく、当時の色彩を失っていなかったのだ。なんと当時の作ったひとや使ったひとが見たものと同じものがわたしたたちも見える!
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大水槽住所:滋賀県草津市下物町1091
Tel:077-568-4811多くの生命(いのち)や古代のひとが生きた証を保全する琵琶湖の不思議は、湖中にある。本館では、その不思議が見える。大水槽で、琵琶湖の有機的な連鎖が紹介される。更に琵琶湖は地殻変動で移動を繰り返し旅した湖。約400万年前に生まれた古琵琶湖地層から、古代、三重県にいた象の化石も発見。伊賀盆地で長年採集を続けた奥山茂美氏のコレクションも本館で展示紹介されている。象やナマズが、琵琶湖自身の400万年の生命を語る。
※画像:滋賀県立琵琶湖博物館蔵