「世界遺産と地方創生」の手鑑

世界に誇るパブリックマインド
家庭的美風を作興すべし!
神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし

vin
豊田とよだ綱領こうりょう
世界に誇るパブリックマインド
「世界遺産と地方創生」の手鑑
昭和11年(1936)。トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎氏が中心となって株会社豊田自動織機製作所自動車部が、当時のアメリカ中型車に匹敵する排気量を持つ国産の量産乗用車、トヨダAA型乗用車を完成させる。

同年にトヨダAA型乗用車は市販を開始し、そして翌年の昭和12年(1937)には豊田自動織機製作所から自動車部が分離独立し、新会社「トヨタ自動車工業株式会社」が設立される。
トヨダAA型乗用車が完成する前年の昭和10 年(1935)、トヨタグループの創始者豊田佐吉氏の6回忌に当たる10月30日に、豊田喜一郎氏らが、佐吉氏の遺訓として佐吉氏の考え方をまとめて世に出したのが「豊田綱領」である。

トヨタ自動車工業株式会社が設立された昭和12年(1937)に、フランス・パリで7回目となるパリ万国博覧会(パリEXPO)が開催される。テーマは「近代生活における芸術と技術」。
世界はまさに近代産業化の中で、社会に豊かさを広く供給しようとする時代に入っていた。
慶応3年(1867)生まれの佐吉氏は、江戸の封建社会から明治の立憲法治社会へ移行する時代を生きた。その創業理念は明治の考え方であり、地域に根ざした考え方でもある。欧米の国家システムを導入しても、個人主義的な考えとは違い、家族や隣人とともに、記憶とつながる故郷、地域の発展を願う日本地産の考え方である。またその考え方は佐吉氏だけではなく、当時の日本各地に広く存在していた。

公と民。江戸時代において、幕府・藩の武士だけが社会の公を担ったのではなく、都市の町衆、地域の名主などの民間人も社会の公を担っていた。橋を架ける、堤防を築くなどなど。それらの地域の社会貢献的事業を通じ、日本各地に広く社会貢献するマインドが育てられ受け継がれた。それらの民間の公を担うマインドがパブリックマインド。つまり地産のマインドである。

明治から大正、昭和にかけて世界列強国は、産業化による国力競争を激化させ、大規模経済を志向し、国家の公による社会整備を競い合う。

その時代、アメリカのフォード社は大正13年(1924)に日本フォード、ゼネラルモーターズ(GM)社は昭和2年(1927)に日本GMを設立し、日本にクルマの組立工場を設置する。
しかし、組立工場の地域社会への貢献には限りがある。例えば、組立工場で組み立てるクルマの仕様や考え方は「渡来」であるために、地域の環境や風土には適さない。だから、豊かさを広く行き渡らすことができる地産地消にはつながらない。

世界が近代産業化の中で、社会にも豊かさを広く供給しようとする時代にあって、国産の量産乗用車を完成させ、トヨタ自動車工業株式会社を設立した喜一郎氏の考え方には、日本の地産地消の考え方があった。

関東大震災の遭遇と体験
現代、世界の人口の10%が、世界の富の90%を支配する極端な経済格差が存在する。その経済状況下で社会の多くの個は萎縮し、個の中でパブリックマインドと自己実現マインドは乖離していく。

喜一郎氏は、大正12年(1923)に発生した関東大震災に遭遇する。そこで壊滅的な被害を受けた鉄道に代わり、自動車が輸送手段として活躍し、トラックが多くの人命を救出し、震災の復旧・復興事業でトラックが全面的に使われた事実を体験する。贅沢品と見られた自動車の公共性を身を以て実感し、その後パブリックマインドを重ねて自己実現する。

その大震災から12年。豊田綱領として佐吉氏の考え方をまとめ、トヨダAA型乗用車を完成させ、トヨタ自動車工業株式会社を設立した喜一郎氏により、日本の伝統・文化に根ざすパブリックマインドがしっかりと受け継がれた。

絶望は進化の始まりであり、人や記憶につながる地域を想う気持ちは、どんな不合理な現実を前にしても、しなやかな心を保全することができる。

豊田綱領とそれをまとめた喜一郎氏のパブリックマインドは、今世界に誇れる文化遺産である。!

豊田綱領
豊田佐吉翁の遺志を体し
一、上下一致 至誠業務に服し 産業報国の実を挙ぐべし
一、研究と創造に心を致し 常に時流に先んずべし
一、華美を戒め 質実剛健たるべし
一、温情友愛の精神を発揮し 家庭的美風を作興すべし
一、神仏を尊崇し 報恩感謝の生活を為すべし

Toyota Principles
Always be faithful to your duties, thereby contributing to the company and to the overall good.
Always be studious and creative, striving to stay ahead of the times.
Always be practical and avoid frivolousness.
Always strive to build a homelike atmosphere at work that is warm and friendly.
Always have respect for spritual matters, and remember to be grateful at all times.

vin
豊田とよだ綱領こうりょう
家庭的美風を作興すべし!
「世界遺産と地方創生」の手鑑
平成27年(2015)にイタリア・ミラノで開催された食と地球をテーマにしたミラノEXPO。その成果を伝えるミラノEXPO遺産
「世界遺産と地方創生」のイタリア・モデルは、地域の家族的事業者を対象にする。

世界遺産が所在する地域で、その地域文化を保全しながら、地方創生を進める担い手を家族的事業者とし、その事業者を育てる取り組みがイタリア・モデルである。グローバル経済の中で世界的な企業を育成する取り組みとは、また別のプログラム。事業者の利潤追求だけではなく、地域の持続性も保全する取り組みであり、世界の極端な経済格差と地球の温暖化をも緩和する取り組みである。

トヨダAA型乗用車を完成させ、トヨタ自動車工業株式会社を設立する豊田喜一郎氏がまとめた、明治のトヨタグループ創業者の豊田佐吉氏の考え方、豊田綱領には、「家庭的美風を作興すべし」とある。

まず「作興すべし」とは、「奮い立たせ、盛んにさせなさい」という意味。ではどこで?。それは会社の中。つまり現場においてである。では、家庭的美風とは何か?。それは単に家族主義を言うのではない。例えば設計から製造に至る過程で、部品をはじめ多くの構成項目が体系的に作られるクルマは、家族や地域を超えて多くの人が参集し、その生産過程に参加することが必要とされる。だから血縁や地縁を異にする人たちが集まる組織や現場で、「努めて家族的な雰囲気を醸成することを大切にしましょう。そしてそれは相手のことを想い、推し量る気持ち、人の情を忘れずに意識することから生み出されますよ」、と豊田綱領は伝える。

クルマに限らず近代社会で生産されるものは、合理性を追求した。またそうして生産するモノや生産に携わる人は、現実の不合理に晒された。そのような社会や現実の不合理の厳しさに出会っても、その厳しさを緩和し、困難な問題を乗り越えることを可能にすることにするのが、「互いに想い、相手の立場を推し量り合う姿勢」。それが美風である。

少子高齢化の日本で今、日本の地方創生を考えるにあたり、単純な家族主義や地域主義だけで目指すものが実現するとは考えにくい。地縁のあった人が地域に戻ってくることも、また全く縁のなかった人が地域に入って来ることも大切だ。そして都市に偏在する人口が地域に移動するためには、地域で家庭的美風が作興されることも必要だ。

ともに暮らす家族同士は、落ち着いて相手を見つめ、全てではなくても何かが感覚的に解る。また家族だけではなく他人に対しても、互いに想い、相手の立場を推し量り合う姿勢を持てば、全てではなくても、何かが感覚的に解る。何かが感覚的に解るということがとても大切なのだ。人が生きる、モノが動く有り様や立ち位置に迫ることができるからだ。

喜一郎氏の山中寮メモ
太平洋戦争が終戦した翌年、昭和21年(1946)9月5日に、喜一郎氏は同社の山中寮で、トヨタの若手技術者に向かい話をしている。

自分はクルマの専門家ではないが、自動織機については大学に行く前から実家で見て触れていた。そして「大学では先端で専門の機械について勉強したが、少年時代の記憶も大いに役立った。それは機械の有り様や機械の立ち位置のあるべき何かが感覚的に解るからだ。これからの人たちも自分のように、少年時代のモノ作り現場の経験と学校の研究のバランスが大切だと思う」と喜一郎氏は語る。

喜一郎氏が示唆するバランスとは、学芸的なものと学術的なもののこと。
ー学芸的なものは循環性を持ち、学術的なものは直線性を持つ。
ーグロバール経済は成長の直線性を志向し、イタリア・モデルは持続の循環性を希求する。

ミラノEXPO遺産「世界遺産と地方創生」は、モノの有り様やモノの立ち位置を知る学芸的なものを求める。そして家庭的美風が作興される場で、その学芸的なものは受け継がれていくのだ。

イタリア・モデルの鑑(かがみ)は、日本の豊田綱領にある!

トヨダAA型乗用車
昭和11年(1936)に、豊田喜一郎氏を中心とする株式会社豊田自動織機製作所自動車部が、完成した国産の量産乗用車。
当時のアメリカ中型車に匹敵する排気量を持つ。同年市販開始、翌年に新会社「トヨタ自動車工業株式会社」設立。

vin
豊田とよだ綱領こうりょう
Always have respect for spritual matters,and remember to be grateful at all times!
神仏を尊崇し、報恩感謝の生活を為すべし
「世界遺産と地方創生」の手鑑
「水素社会」。送電線による電気社会では、電気の大量貯蔵はできず、常に必要以上の電気が送電線を流れていなければならない。結果、天候などで発電量が左右される再生エネルギーは、ムダに生産され使われないこともある。

燃料電池は、水素と酸素の電気化学的な反応により発生した電気を継続的に取り出すことができる「発電装置」。再生エネルギーで発電した電気を、「水素」というカタチで貯蔵すると、送電線に頼らずに運べ、使う時に燃料電池で電気にすることができる。

平成26年(2014)にトヨタ自動車は、量産型としては世界初のセダン型の燃料電池自動車(FCV)、MIRAI(ミライ)の市販を開始した。

日本各地では長らく、鎮守の森と呼ばれる区域が保全されてきた。鎮守の森は、地域の天災や天候不順を和らげ、地域に五穀豊穣をもたらす神や仏が習合する神聖な領域とされてきた。

封建社会とは、地域の風土、大地に根ざした社会。地域には神や仏の領域と人の領域が共存した。封建社会の人の暮らしや営みは、人間社会だけでは成立せず、自然の恵みに常に感謝する日々をベースにした。人は日々の祈りや季節の祭りを通じて、地域の神聖なものとコミュニケーションを図った。そして地域の環境は保全された。

産業革命を経て人間社会は、人間社会の効率性や利便性を優先し、自然とのコミュニケーションを疎んじ、地域の環境は徐々に保全されなくなった。環境とは自然と人が作るもので、本来は持続可能性を持つもの。産業化の中で、人間社会の効率性を優先させたことで、21世紀の現代において、社会の持続可能性が大きなテーマとなった。

昭和11年(1936)に豊田喜一郎氏らがまとめた豊田綱領が言う、Always have respectfor spritual matters, =神仏を尊崇し、の“spritualmatters”は、多神教的な神であり、地域を護る神聖なものである。そしてand remember tobe grateful at all times.= 報恩感謝の生活を為すべし。とは、地域社会において人だけではなく、神聖なものも共存する地域環境へのリスペクトである。

天然なる環境は、天災をはじめとして極めて荒々しく厳しい。その厳しい環境を和ます目的においては、祈りも産業技術も同じ方法・手段である。
豊田綱領は、ただ人間社会の豊かさを求めることを示唆していない。人の豊かさとともに地域の環境の豊かさが保全されることを、日々の研究と想像の目的にしている。
法治に根ざす立憲社会と大地に根ざす封建社会。国家と国土が重なり合って存在するように、時代が江戸から明治になって、新しい欧米システムで社会が切り替わった訳ではない。社会の中で、進取の気性と景慕の恭謙は共存した。

利他行の考えが導く持続可能社会
豊田綱領のAlways have respect for spritualmatters, and remember to be grateful at alltimes.には利他行の考えも含まれる。日本伝統文化が育ててきた、「他を利することで自分たちも生き続ける」という利他行。その他には、人間社会の他者だけではなく、地域社会の環境も対象にする。また再生エネルギーもムダなく貯える可能性をもつ水素社会を、
その実現までに多くの困難があろうと指向するのは、利他行の考えによる。
 世界の人口の10%が世界の富の90%を支配する極端な経済格差の中、自然界のみならず
人間界からも多様性が失われていく時代に、利他行の考えは多様性を保全する考えだ。
 そしてミラノEXPO遺産「世界遺産と地方創生」の地域経済モデルでは、利他行の考え
なしには、地域の事業価値を構築できない。世界遺産は、本来は地域の遺産を、地域の遺
産のみならず世界の遺産とする登録理由を根拠とするからである。
 だから世界遺産をもとに実現する地方創生は、豊田綱領の利他行の考えを受け継がな
くてはならないのだ。

燃料電池自動車(FCV)MIRAI(ミライ)
水素と酸素を化学反応させ電気を作る「燃料電池」を搭載し、モーターで走行する。
燃料である水素は、環境にやさしく、様々な原料から作ることができるエネルギーで、
「サステイナブル・モビリティ社会」を実現するクルマ。

admin「世界遺産と地方創生」の手鑑

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