・龍門石窟
Longmen Grottoes

Luoyang City, Henan Province
      

本に華開く大乗仏教のスケール

      

北方騎馬民族・鮮卑の王朝北魏は、5世紀末洛陽に都を置き、郊外に巨大な石窟を建立する。石窟開削は400年続き、6世紀完成の賓陽中洞の左右対称、優しく包みこむアルカイック・スマイルの北魏様式の仏像は、東アジア全域に広がる。石窟の6割は唐の時代に造営。盧舎那仏を中心に、巨大な菩薩、弟子、天王、力士像の奉先寺、7世紀完成の壁面に約2cmの仏像が15000体彫られる万仏洞など大乗仏教の世界観を表現する。

©2013 UNESCO

  • 奈良・東大寺

    世紀に聖武天皇が建立した寺院で、大乗仏教、華厳宗の大本山であり、全国の国分寺ネットワークの中心「総国分寺」とも称された。その全国のネットワークの中心に、盧舎那仏の大仏が安置され、752年に盛大に大仏開眼供養が催された。そして当時、70m以上の東西2つの仏塔、七重塔が建立されたという。まさに日本全土を頂くヒマラヤのごときである。                     

  • 滋賀・甲賀寺跡

    賀市信楽町の丘陵地にある金堂跡、僧坊跡、塔院跡などずらりと礎石が並ぶ遺跡。建物配置が東大寺に類似し、山城国分寺跡と同じ笵型造の瓦が出土している。天平15(743)年10月の「大仏建立の詔」が紫香楽宮で出され、翌年大仏鋳造の内部の芯柱をたてる式典がおこなわれた寺院跡である。大仏建立は、天平17(745)年の紫香楽宮廃都とともに中断されたが、寺院は甲賀宮国分寺として残った模様。

  • 滋賀・紫香楽宮

    賀市信楽町の甲賀寺遺跡から北約2kmにある宮町遺跡、聖武天皇造営の宮。聖武天皇は、天平12(740)年の「藤原広嗣の乱」で平城宮を離れ、天平14(742)年に信楽の地で離宮建設を開始した。藤原広嗣の反乱は、遣唐使帰国組の吉備真備や僧玄昉の重用に対するもので、僧玄昉は中国・唐の玄宗皇帝が保護した唐仏教を聖武天皇に伝え盧遮那仏の大仏建立を進言する。                


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