世界遺産+

マレーシア・マラッカ海峡の歴史的都市群、マラッカとジョージタウン
Melaka and George Town, Historic Cities of the Straits of Malacca

      

正遣欧少年使節も旅をした

      

1世紀からインド・中国航路の要所、マラッカ海峡の港市。15世紀に明と朝貢貿易を結んだマラッカ王国を、16世紀ポルトガルは侵攻し要塞を築く。マレー半島西海岸部ムラカに、そのサンチャゴ砦とイエスズ会拠点のセントポールチャーチが残る。ペナン島市に、17世紀マラッカを占領したオランダ東インド会社から、19世紀英国がマラッカを海峡植民地とし、ジャングルを開き英国王の名をつけた町に造ったコーンウォリス要塞が残る。

©2013 UNESCO

  • 熊本・天草コレジヨ館

    本・天草にあり、近世に開校された天草コレジヨ。16世紀以降に河浦の地に伝えられた南蛮文化の資料を多数展示するミュージアム。ローマ訪問後マラッカ海峡を回り、天正18年(1590)に帰国した天正遣欧少年使節は、グーテンベルグ活版印刷機を持ち帰り、29種類の天草本が製本された。「イソップ物語」や「平家物語」など12種類が現存している。

  • 長崎・日本二十六聖人記念館

    長元(1597)年に、秀吉によって長崎で殉教した26人のカトリック信者を顕彰するために設立された博物館。天正15(1587)年に秀吉は、ポルトガル商人の人身売買に対し、南蛮貿易の利を取るバテレンを追放する処置を取る。10年後漂流したスペイン船のサン=フェリペ号の積荷押収事件に関連し、禁教令が出され、棄教拒否の教徒を処刑する。    

  • 長崎・島原城天守閣

    リシタン禁教後の40年後、一切、司祭の指導がないなかで起きた悲劇。島原城は、有明海に望み、雲仙岳の麓に1964年に復元された。寛永14(1637)年に起こった島原の乱やキリシタン資料や島原の乱以降の江戸時代の島原藩の資料を展示する歴史資料館となる。敷地内に長崎平和祈念像の彫刻家北村西望によるブロンスの天草四郎像が建てられる。   


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