世界遺産+

インド・エローラ石窟群
Ellora Caves

Maharashtra State, Aurangabad District, Khulatabad Taluk , Verul Village
      

造物に深く祈る日本文化かさなる

      

インドデカン高原北西部の玄武岩台地に2km以上に渡り、5〜10世紀に造られた仏教、ヒンドゥー教、そして苦行・禁欲主義のジャイナ教の石窟寺院群。仏教石窟はアジャンター石窟の様式を受け継ぐ。様式化された仏教石窟は、ヒンドゥー教やジャイナ教石窟に引き継がれる。ヒンドゥー教石窟は巨大化し、岩盤を垂直方向に掘抜き三方に開かれる構造となり、カイラーサ寺院は高さ32m、幅40m、奥行き85mのは一枚の岩から掘り出される。

©2013 UNESCO

  • 都の南西の男山に、平安時代に大分・宇佐神宮から八幡宮が移し勧請され、都の裏鬼門を北東の表鬼門の延暦寺とともに守護した神社。朝廷を警護した源氏は当社を武神とし、源頼義・頼朝は、鎌倉・鶴岡八幡宮を建立した。石清水八幡宮には、中世期に中国・宋と交易して、商人が無事の航海の報恩として納めた日本最大級の石造、インド発祥の供養塔の五輪塔がある。  

  • 叡山に最澄が薬師如来を本尊に開いた修行の寺坊を起源とし、仏典に節をつけて詠み歌う音楽、声明の日本での発祥の地、京都・大原の里にある寺院。青蓮院、妙法院とともに皇族が住職をつとめた門跡寺院である。大原は平安期貴人が隠れ住む里であり、瞑想や仏典に学ぶ観仏に対して、声に出しての念仏を修行する里。供養の五輪塔が立つ里でもある。        

  • 倉時代、埼玉・入間に入った御家人の加治氏が、平家によって焼討ちされた東大寺再建に尽力した円照上人を開山として建立した寺院。当寺には蒙古襲来の際、執権北条時宗を支えた南宋の禅僧無学祖元の臨剣頌という七言絶句が刻まれた供養塔の板碑(いたび)があり、埼玉県で最高のものとされる。平安後期には、末法思想が貴族に広まり、武士に広まり、あわれを知る。


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