世界遺産+

インド・カジュラーホーの建造物群
Khajuraho Group of Monuments

State of Madhya Pradesh
      

重塔の起源を求めて

      

インドが8世紀から地方政権の時代、インド西部から進出しインド中部に10世紀~14世紀に王国を築いたチャンデーラ王国。都ガジュラーホーに10世紀から12世紀に、ヒンドゥー教やジャイナ教の85に上る石造寺院をつくる。聖なる山・ヒマラヤを模し高い塔状の寺院が建築され、中世インド寺院建築の北方型モデルとしてインド中部からインド西部に伝わる。25の寺院が現存し、砂岩に官能的な装飾彫刻が施され、平原にそびえ立つ。

©2013 UNESCO

  • 世紀に創建された本寺の伽藍は、中央の金堂前に東西2つの仏塔を持つ。現在修復中の国宝・東塔。六重に重なり見える三重塔で、釈迦の骨や遺品、仏舎利を祀る仏塔である。「凍れる音楽」と語られたその容姿は、ヒマラヤを模し高い塔状を建てたインドの寺院建築ともかさなる。木造建築火災除けの仏塔頂上の水煙に描かれた優雅に舞う飛天もまたかさなる。

  • 寺は7世紀に起源を持ち、平城京遷都に際し8世紀初頭に興福寺として歴史がはじまる。唐の時代中国からインドへ旅した三蔵法師玄奘が開いた法相宗の総本山。国宝五重塔は、奈良・天平期東大寺の大仏開眼供養を行う聖武天皇の光明皇后が730年に建立した。現在の五重塔は室町期に再建され、高さは50mを超え、木造仏塔としては2番目に高い。

  • が平安京に遷都され、都の正門・羅城門の東で都の左京と東国を守る寺として796年に建立された。後に嵯峨天皇(786−842)より弘法大師空海に下賜され、真言密教として栄える寺院。国宝五重塔は、日本の木造仏塔として一番高い。現在の五重塔は、江戸時代第3代将軍徳川家光が寄進したもので、その中央の心柱は密教の大日如来を見立て祀る。


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