随筆泥仏堂日録

著 者:川喜田半泥子かわきた はんでいし
出版社:學藝書院、講談社学芸文庫

インのビンテージには、味わいの特徴がある。それが結果としてそのビンテージの講釈となる。しかし、である。実際ビンテージといっても一本一本の味わいの質感は異なるのだ。この随筆を書いた川喜田半泥子(1878−1963)は、経済人であり還暦近くに陶芸をはじめ、日本を代表する陶芸家となった風流人。そして市場価値があるものや値が出そうなものを求める卑しい気持ちが大キライダと断言する。誰かに「ものの見方」を聞かれると、「茶人と骨董屋の説明などに耳を傾けないこと」と勧め、とことん自分で見ることだけが大事と言い続ける。半泥子の陶芸は轆轤づかいの妙技にあらわれ、最も半泥子らしいのが「轆轤のイケコロシ」。「急所だけに力を入れて、そのほかは気を抜くように轆轤をつかうこと」をいい、それをすばやく繰り返す。茶碗の高台をしっかり締めて、ここにどんな大きな茶碗であろうと力を引き受けさせる。次は「腰」を張らせて力をもたせ、そこから力を柔らかく抜いていく。いよいよ飲み口に達したら、ここで一呼吸、キューッとひとつの力だけで仕上げてしまう。この呼吸が「イケコロシ」。グランシェフの素材の扱いにもまたこの「イケコロシ」がある。

本から始まる旅がある。

    オススメ旅プラン
  • 竹の生垣(桂離宮)

    竹の生垣(桂離宮)

    住所:京都府京都市西京区桂御園1
    問合せ先Tel: 075-211-1211(宮内庁京都事務所)
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    ケコロシ」の竹の生垣。この離宮は江戸期、八条宮智仁(としひと)親王が建てた別荘で、造営時の庭園と建築が残る。桂川の水を引く池を中心に、茶屋、築山(つきやま)等を配した回遊式庭園。書院は書院造を基調に数寄屋風を採り入れる軽(かろ)みの美。竹の生け垣はその象徴である。智仁親王は秀吉の猶子となるが、秀吉の実子誕生で皇籍に復帰。しかし、復帰した親王は皇位継承できず、八条宮家が新たに創られた。親王は歌人である。その柔軟さと一途さ、竹のごとく。                  
    ※参観は事前申込(宮内庁HP参照)

  • 旧東海道金谷坂石畳・菊川坂石畳

    旧東海道金谷坂石畳・菊川坂石畳

    住所:静岡県島田市金谷坂町
    Tel:0547-46-2844(島田市観光協会)

    畳に柔らかさを感じる。それは、そこにひとの手を感じるからだろうか。近世の街道の面影を今に伝える石畳。江戸時代、東海道の金谷宿から掛川市の日坂宿へ抜ける道は急斜面が続き、菊川坂・金谷坂は『青ねば』というすべりやすい土質で、行き交う旅人を苦しめた。そこで、そうした困難を救うために石畳が敷かれた。菊川坂には江戸後期の石畳が残り、金谷坂の石畳は、平成3年の『町民一人一石運動』で、約430mが復元された。                                         
                    

  • 勝沼醸造株式会社

    志野茶碗しのちゃわん 銘 振袖めい ふりそで

    住所:東京都台東区上野公園13-9
    Tel:03-3821-9270(総務課)

    泥子が好んだ志野。作意の調和に上品がある。形、釉(うわぐすり)、景色とも揃う志野の名碗。半筒形茶碗は天正年間(1573-1592)後半に流行した。古格を脱し口作りに山路風の変化つけ、胴には少し張りを、粘土を貼り付けた無雑作な椎茸高台(しいたけこうだい)など、随所に作意を加え時代の自由な気分が表れる。柔らかい百草土に鬼板(おにいた)を塗り、白い志野釉を通して鮮やかな緋色(ひいろ)に鉄絵が描かれる。                        

    東京国立博物館所蔵


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