守屋多々志の絵日記入門
著 者:守屋多々志

出版社:小学館

書は、日本画壇の重鎮・守屋多々志が、自ら描き続けてきた絵日記のコツをやさしく教えてくれる書。守屋は、岐阜・大垣の味噌たまり製造「四代目孫八」の四男に生まれ、養子先の米穀商を商う分家で育つ。旧制中学卒業後、上京し、同郷の前田青邨(まえだせいそん)に師事し、画業をスタートさせた。青邨は大和絵の伝統を受け継ぎ、花鳥画を描き、また歴史画を得意とした。また、法隆寺金堂壁画の再現模写はじめ、文化財保護事業に携わる。守屋はその青邨に入門した日から、一日も欠かさず写生を続ける。なんと25,000枚の絵日記を残すのだ。イタリア留学中も、帰国後も絵日記を続けても、68年以上かかる絵日記。その絵日記の身近な自然から旅先の情景まで筆でとらえた味わいから、描くことを楽しむ姿がよく伝わる。その守屋が、どんな一日でも思いが残る日になるように、丁寧に絵日記の書き方、続けた方を教えてくれるのが本書である。仮に絵日記を始めなくても、本書を通じて守屋の68年の日々に思いを辿れば、背景に金泥をつかう武者絵や、黒を多用し独特の遠近感を生み出す守屋の作品がぐっと近づく。そして、長年にわたり見つめ積み重ねた彼の歴史の旅に同行できる。

本から始まる旅がある。

    オススメ旅プラン
  • 大垣城下水門川沿い

    大垣城下水門川沿い

    問合せ先:大垣市都市計画部都市計画課
    Tel:0584-81-4111

    の都大垣には、20もの一級河川が流れる。そのうちのひとつ水門川は、大垣城の外堀として築かれ、揖斐川を介して大垣と桑名宿を結ぶ水運としても活用された。現在、水門川沿いは「四季の路」として整備され、船町湊跡には標識として、江戸時代後半に建てられた住吉燈台が残っている。水面に映える桜並木など、季節ごとの豊かな風情を楽しむことができるその景観は、「大垣市景観遺産」に指定されている。また、大垣まつりでは、水門川沿いの八幡神社前で夜宮が行われるほか、水都まつりの万灯流しや、舟での川下りなど季節を通してさまざまな催しが行われている。        

  • 船町港跡

    船町港跡

    住所:岐阜県大垣市船町2-26
    問合せ先:0584-77-1535(大垣市観光協会)

    町港は、大垣城の外堀を利用した水門川の川港で、揖斐川を通じて伊勢や尾張と大垣を結び、物資と人を運んだ。江戸から明治にかけて利用が進んだが、鉄道の発達とともに港の役割を終えた。「住吉燈台」とともに、松尾芭蕉の「奥の細道むすびの地」として観光名所になっている。川沿いにソメイヨシノが植えられ、春には川辺に映った姿と共に壮大なトンネルを形成し、「飛騨・美濃さくら33選」にも選ばれる桜の名所。港の象徴で県史跡の住吉燈台は、芭蕉の来垣頃、元禄年間の建立。菜種油を燃やし、行き交う船の目印になっていた。                         

  • 守屋多々志作「住吉燈台(夏祭)」

    守屋多々志作「住吉燈台(夏祭)」

    住所:岐阜県大垣市郭町2-12
    Tel:0584-81-0801

    隆寺金堂壁画の再現模写にも取り組んだ同郷の日本画家、前田青邨(せいそん)に師事した守屋多々志が生まれたのが大垣市船町である。そして本作は、その船町のシンボルである住吉燈台の夏祭りを描いた作品である。水の都・大垣の夏の情緒を描き、大垣の旅情をスケッチしている。松尾芭蕉が「奥の細道」紀行の終点「むすびの地」大垣へ到着したのは元禄2年8月21日であり、かの地にしばし留まり、旅の疲れを癒した。何度も大垣を訪ねた芭蕉の気持ち、その心情も理解できる作品。

    大垣市守屋多々志美術館蔵


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