近江歴史回廊 近江中山道
編集者:淡海文化を育てる会                                                                                               
出版社:淡海文化を育てる会

書は、近江国(滋賀県)の各地に点在する歴史文化資源のひとつ「近江中山道」を辿り、わかりやすく紹介するガイドブック。「近江中山道」は、草津から柏原までである。草津は、江戸の日本橋で東西に分かれた中山道と東海道が合流する宿場。史跡草津宿本陣には、吉良上野介(きらこうずけのすけ)や浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)、土方歳三(ひじかたとしぞう)、明治天皇などが宿泊。柏原宿は344軒の家数を数え、22軒の旅籠(はたご)と多くの店がひしめき、長さが1.5kmと近江国最大級の宿場で、昔ながらの町並みを今も残す。また伊吹山麓は薬草の生産地として知られ、特に「もぐさ」は上質のものとして古くから有名。そして淡海文化を育てる会は、民俗学者橋本鉄男氏の提唱で、近江の自然・歴史・文化全般を「遠くを近く見、近くを遠く見る」視点で、文庫をシリーズで長く継続的に発行していく会員組織である。近江とは、大和時代から近い(淡)海のことである。また近江中山道には、淡海・琵琶湖岸を通る「朝鮮人街道」という脇街道もある。「朝鮮人街道」とは、江戸時代の外交使節団、朝鮮通信使が使う街道。江戸時代、オランダ・中国は通商する相手国、朝鮮・琉球は通信する相手国であった。大名から庶民まで、また外交使節まで旅する近江は、道の国でもあった。

本から始まる旅がある。

    オススメ旅プラン
  • 中山道柏原宿

    中山道柏原宿
    なかせんどうかしわばらじゅく

    住所:滋賀県米原市柏原
    問合せ先Tel:0749-58-2227(米原観光協会)

    戸期宿場町は、出入口に木戸や土塁が設置され、問屋をはじめ、参勤交代の大名宿泊本陣に脇本陣、旅籠に酒屋などの商屋が軒を連ねる。柏原宿は、隣接する宿場が近いのに旅籠が22軒。軒を連ねる家々は、色褪せや腐食を防ぐベンガラ塗で、華やかで豊かさを感じる宿場だった。江戸期の宿場は、大名の参勤交代のための整備が主。しかし柏原宿は、中山道のベースとなる古代東山道からの宿場。その歴史は、宿の東西に振り分けて6つの問屋があったことが物語る。                

                 

  • 米原市柏原宿歴史館

    米原市柏原宿歴史館

    住所:滋賀県米原市柏原2101
    Tel:0749-57-8020

    戸時代、柏原宿は江戸と京坂(京都と大坂)の文化・経済の境であった。町家の玄関中央の大戸は、江戸は上下2枚に分かれ、京坂は1枚で、京坂の潜り戸(くぐりど)は江戸より高く作られた。火消しに使われる町中用水の桶も、江戸は木製で、京坂は石か鉄釜。大判・小判を発行した幕府にそって江戸は金本位で、交易の歴史から大陸の中国にそって京坂は銀本位で、現銀掛け値なし。本歴史館は、名物伊吹もぐさで有名な柏原宿にあり、江戸の金本位も京坂の銀本位も切り替わる旅の様子も語られる。

                 

  • 歌川広重筆「木曽海道六拾九次之内 柏原」

    歌川広重筆
    「木曽海道六拾九次之内 柏原」

    住所:岐阜県恵那市大井町176-1
    Tel:0573-20-0522

    原宿は、伊吹山の麓で薬草を使用したもぐさの生産が盛ん。広重が描くほど、名物もぐさの伊吹堂は江戸でも有名。江戸期の街道や大きな通りに店を出す商家・商屋は、軒幅よりも奥行きが長く、その内に中庭を置き、日差し・風通しを確保する。しかし伊吹堂の軒は長く、併設の茶屋の向こうに見事な中庭をつなげている。「まずはお茶を召し上がれ」。険しい伊吹山の景観を見て旅した後、のどを潤し、庭園に温もりを見る心地、まさに和む。これ商売繁盛の極意!

    ※画像:中山道広重美術館蔵


By :
Comments : 0