新編 足利浪漫紀行
著 者:日下部高明・菊地卓

出版社:随想舎

書は長年の研究成果を基にして、足利市内8地区の文化財や関係施設を紹介する。足利学校は、室町時代の永享11(1439)年、関東管領・上杉憲実(のりざね)が、国宝指定の書籍を寄進し、鎌倉円覚寺から僧・快元(かいげん)を招いて初代の校長とし、やがて関東の最高学府となる。では足利学校が設置される由来は?2つの足利氏。当地は奥州藤原氏と同じく平安期の鎮守府将軍藤原氏郷につながる藤原姓足利氏が治めた地。源平の戦いで平家についた藤原姓足利氏が断絶し、頼朝の縁戚の足利義兼(よしかね)の源氏姓足利氏が引き続く。尊氏の祖。市内の中心に200m四方に堀と土塁を持つ鑁阿寺(ばんなじ)は、足利氏の館。義兼はここに学校を持っていた。やがて足利家の家宰、上杉家の家臣長尾家が当地を引き続く。謙信はこの長尾家の末裔、足利学校から100年後、主家の上杉家を継ぐ。足利学校は上杉氏から始まって、小田原北条氏が支援し、全国から学徒を受け入れ、3000人が学ぶという盛況の時を迎える。この隆盛の淵源を観れば、京の都とつながり、鎌倉を通じ大陸渡来の最新学問を学ぶ歴史、実践学を広く知らしめるという思想ではないか。後の権力者も支援せざるを得なかった見識、足利の文化である。

本から始まる旅がある。

    オススメ旅プラン
  • 田んぼの学校

    田んぼの学校

    住所:栃木県足利市名草上町3371(名草ふるさと交流館)
    Tel:0284-41-9687(足利・名草ふるさと自然塾運営協議会)

    草上町は、足利市の中心部より約10km北に位置する山間の集落。築150年の地元の古民家を移築した「名草ふるさと交流館」があり、交流館の周辺には雑木林や田んぼ、畑があって、米や畑の作物、味噌づくり、雑木林での間伐などを体験できる。現代版の足利学校。足利学校は、テキストだけを教えたのではなく、実践を重んじた。当時、実践を重んじるとは、自然に向かうということ。荒れた土地に、如何に水を引き巡回させ、耕し、田んぼに変えるかということである。その重ねた歴史が名草には広がっている。                                  

  • 鑁阿寺(ばんなじ)

    鑁阿寺
    ばんなじ

    住所:栃木県足利市家富町2220
    Tel:0284-41-2627

    寺は、源姓足利氏二代目足利義兼(よしかね)が、建久7年(1196)に、足利氏の居館内に持仏堂を建てたのが始まりと伝えられ、大日如来を本尊とし、足利一門の氏寺として繁栄してきた歴史を持つ。境内中央に建つ本堂は、鎌倉期最新の建築様式・禅宗様(ぜんしゅうよう)をいち早く導入し、後の宗教建築の構造と意匠に大きく影響を与えた。極めて価値が高く、平成25年国宝指定予定。                                                                                       

  • 釋奠

    釋奠
    せきてん
    (史跡 足利学校)

    住所:栃木県足利市昌平町2338
    Tel:0284-41-2655

    奠とは、野菜、米、餅、鯛、鯉、牛肉、酒等を供え、山や川の神、聖人や高師、祖先を祀る古代の儀礼が、古代中国で孔子と弟子を祀る儀式となったもの。日本では奈良時代から朝廷の記録にあり、起源は不明ながら足利学校でも行われてきた。現在は勤労感謝の日に開催されるが、もとは冬至の日。旧暦では新年が始まる日である。思想は実践において身につける。収穫を目にし、自信を深め、自然と知性に感謝する。古代、知性は自然とともにあった。その釋奠はそれを証明する。                                            


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